幻の葛尾村になる前に 第二部 (7)「村祭り三景」

葛尾村には重要な村祭りが三つある。

葛尾川と野川の合流点で村役場のある落合を中心とすると、大まかに、東に野行集落、西には上野川と野川集落、北西に葛尾集落があり、それぞれの集落に伝統的な村祭りがある。葛尾村を知るには次の地図しかない。なにしろ、Google MapやYahoo Mapでも葛尾はほとんど何も書かれていないからだ。

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野行
 大正4年、愛宕明神の入口付近に建立された野行地区の開墾碑の除幕式で、浪江町から踊り手を招いて踊ったことが嚆矢とされる「宝財踊り」。悲しいことに、福島第一の事故で野行地区は帰還困難区域となり、この祭りが当地で行われることはないだろう。原発事故は多くの地域を人の住めない被爆地に変えると同時にその文化も消滅させた。

上野川・野川
 八幡神社の祭礼に奉納されるのが獅子神楽で、獅子がお囃子に合わせて太刀を飲み込む「長仕舞」が見所だという。松本操さんと白岩寿喜さんからうかがった話を総合すると次のようになる。

 この祭りは御神輿を担いで村を練り歩く「行列」が二,三日続いた後八幡神社に奉納される。村人の言う「行列」はかなり長いものだそうで、八幡神社から遠く大放まで行き、帰りに村の中心落合を通って八幡神社まで戻るという。江戸時代から続く行列で、推察するに「大名行列」を模したものではないだろうか。神輿行列は村人からお重に入ったご馳走やおひねりをいただくそうである。また村の有力者の家に泊めてもらってまた翌朝出発するという大がかりなもので、年によって内容が変わるというものだ。なかでも興味深いのがこの行列がきちんと進むように監視するという「籠馬(かごうま)」の活躍である。板を馬の形に切り抜き、取っ手をつけてその馬にまたがって、この行列を前から後ろから行列が乱れないように忙しく立ち回る役目を担い、何人もの小学生がこの役を担当するという。3月21日白岩さんに八幡神社まで案内していただいたが、社殿脇の倉庫に保管されている籠馬は、その日倉庫に鍵がかかっていたので見ることができなかった。松本さんは「当時は映写カメラもなかったので、今となっては行列や獅子神楽の映像が残されていない」と少し悔しそうにお

 

話されていた。葛尾村に子どもたちが戻ってくる可能性は低く、ここでもまた大切な村の文化が消えようとしている。原発事故の罪は重く、広く、深い。

葛尾

 村の北西に標高1057mの日山(天王山)がある。なだらかな姿で山頂は街道からだと望めない。この頂は葛尾、茂原、田沢の三地域にまたがるため、山頂には三つの神社が鎮座する。この日山神社の例大祭に奉納されるのが「三匹獅子」である。この祭りにはかなり興味を引かれた。次回から三回に分けてご報告する。