幻の葛尾村になる前に(7) 出会いの不思議

葛尾村の住民の8割方が「松本」姓であると松本操さんからうかがった。さらに残りの2割の住民は「松本」姓ではないものの松本との親戚筋に当たるとのこと。驚いた。まるで歴史小説の忍者ものに出てくるシチュエーションである。きわめて閉鎖的で独特の文化を持っていることだろうと感じ取った。「松本」姓が多いのは、かつて城替えがあったとき信州松本から家臣団や民が移り住んだからであるとのこと。したがって松本さんを松本さんと呼ぶことがない。「操」さんと名前で呼ばなければ通じない。なにせ人口1600人の村で1200人から松本さんがいるのだ。操さんに「村の人は全員知っていますか」、「もちろん全員知ってます」。言わば村が一つの運命共同体のように生き続け、独特な暮らしを守り、豊かな文化を語りつないできたのだろうと感慨にふけり、居住まいを正して操さんの説明に聞き惚れた。

操さんは永遠の夢追い人である。初対面の筆者に、どうやって村に帰れる環境を整備するのか、どうやって経済基盤、社会基盤を再構築して、かなわないかもしれないことは分かった上で<若者と共生できる村作り>を熱く語ってくれた。村作りを夢見て製作した三枚の模造紙を写真に撮らせて欲しいと頼み、炬燵の上に拡げた模造紙に描かれたイラストの写真を撮り始めた。くるくる丸まっていてなかなかうまく撮れない。すると、操さんは「これをあんたに渡すから持って帰って誰かに見せてあげてくれ」と再び丸めて筆者に手渡してくれた。沈みがちな表情のどこにこんな情熱が、どのような夢が潜んでいるのかと驚いた。また、見ず知らずの他人に、まだ1時間も話してもいない私に、「松本」姓ではなく異民の姓を持つ「杉村」にどうしてこの夢を託そうとしたのか、返す言葉もなく、胸がいつしか熱くなっていた。「この人のお手伝いができるかどうかはわからない。おそらくそううまくいく話ではない。しかし、この夢の描かれたイラストを誰かと共有できれば何かしらささやかなお手伝いができるかも知れない」と胸の内でつぶやき、握手をして分かれた。

渓流に咲き誇る紅葉が自慢だと「紅葉散策コース」を整備、「ニジマス塩焼食300円」、「牛乳一杯コース100円」、「野菜団地コース500円一袋」の3枚のイラストである。

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一見拙さそうに見えるが、丁寧に描かれていて、時にはユーモラスな印象を与える。2枚目は、ポールが立っているのでどうやらゴルフコースのようである。左上から、「クマガイ草コース」(クマガイ草とは、ラン科の多年草で、紅紫色の網目模様がある袋状の花弁が特徴的な花)、「ワラビ園コース」、2段目の左から「カタクリ草群生コース」、「モリアオガイル(森青蛙)コース」、「クリン草コース」(九輪草サクラソウサクラソウ属の多年草。山間地の比較的湿潤な場所に生育し、時に群生する)、

下の段左から、「スタート」、「アヤメコース」、「水芭蕉コース」と並んでいる。今回下見をしたところ、操さんが目論んでいたこのゴルフコースは現在立ち入り禁止地区になっていた。

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上から「太陽光パネル」、「もみじ街道」、「新しい農業」。太陽光発電は、村で自然エネルギーを生産して売電し、それを村の経済基盤にしたいという操さんの夢の一つ。

「新しい農業」には「ハウス農業で村おこし」とさまざまな野菜や農法がイラストで描かれている。

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筆者がこのブログを始めたのは、操さんと出会いによって、何か心の掛け金が外れて、よし始めよう、何とか知ってもらえるよう道を探すことからスタートだ、と思い立ったからである。

迷ったときいつも私を奮い立たせてくれる言葉がある。

「だからひ弱な魂よ、この前人未踏の荒地にこれいじょう奥深く踏みこまぬうちに踵をかえせ、先へ進むな。いいかいうことを聴くのだ、踵を返せ、先へ進むな」(ロートレアモン『マルドロールの歌』(栗田勇訳、現代思潮社、1972年)

C'est parti! (よし出発だ!)