幻の葛尾村になる前に(2)モニタリングポスト

「夏草や兵どもが夢の跡」あまりに有名な芭蕉の句である。しかしここは平泉ではない。放射性物質に蹂躙された葛尾村のいたるところに空間線量を測るモニタリングポストがある。実物は初めてである。赤く光るデジタル表示の0.578は何を意味するのか?

キーワードになる数字が3つある。まずは0.23マイクロシーベルト、次に5cm、最後が20mである。

0.23マイクロシーベルトは空間線量の1時間あたりの数値である。これを計算すると年間積算量が1ミリシーベルトになる。

これは、環境省の決めた「放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域の指定や、除染実施計画を策定する地域の要件を、毎時0.23マイクロシーベルト(μSv)以上の地域」としたために基礎とされる数値である。

ところで、実際の計算方法は、「毎時(0.23ー0.04)マイクロシーベルト(μSv) × (8時間 + 0.4 × 16 時間) × 365 日= 年間1ミリシーベルト(mSv)」となっている。

0.23ー0.04の0.04は大地からの自然放射線量であり、世界のどの地点でも大体0.04μSvは観測される。例えば筆者の住む神奈川県座間市では0.06μSvの観測値である。世界規模ではデンマークの平均値0.037μSvが最も低い。つまり自然界では常にこれだけの放射線を浴びていることになる。次に8時間+0.4×16時間とは何だろうか?これは一日中浴びているのではなく、8時間は屋外にいて、16時間は屋内だと壁やガラスで遮蔽され外の0.4倍の放射線量となるということである。ええっ!部屋に閉じこもっていても外の0.4倍の放射線を浴びるの?これが被災地の現実である。

さて、(モニタリングポストの数値ー0.04)×14.4時間×365日が年間積算量である。

下の写真は葛尾村の中心地から数百メートル南の道路沿いに置かれたモニタリングポストである。これを計算すると、(0.578-0.04)×14.4×365=2828μSvとなるので、2.8ミリシーベルト(mSv)である。写真を見るとこの地点が一度除染されていることが分かる。それでも、除染目標の2,8倍もの線量が記録されていることを心に留め置いていただきたい。この写真の左手方向に少し進んだ所に林道の入り口があり、そこで車の方向転換をしようとしたときのことである。緑の木々が丸くトンネル上にずっと続き美しい風景が展開していたので思わず写真を撮ろうと車外に出ようとした。すると案内をしてくれていた松本操さんが「そこは危ない、除染されていないから線量が高い」と言った。聞けば松本さんの実家の裏山は、除染区域外なので、一度ガイガーカウンターを持って林に入ったら何と3.5μSvあったというのだ。何年後かに帰村して住む家のわずか20m先である。同じ計算をしてみよう。(3.5ー0.04)×14.4×365=18185μSv=18.185ミリシーベルトとなり、居住制限区域並みの空間線量である。生まれて初めて放射線を怖いと思った。心臓の動悸は速まりめまいがしそうになった。もちろん年間積算放射線量だからすぐに危険な状態になるわけではない。ましてや村に入って数時間だからそれほど恐怖に駆られるほどのことはないのだ。しかし、ここに戻ってきて人生の最後の年月を迎えたいと思っている村人の恐怖を思うと身体が震えそうになった。そう住み続けることの恐怖を誰も語ってこなかったのではないか?

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上の写真は除染作業を担う会社のオフィスとなった村の診療所で、除染後の数値0.341μSvがご覧になれますか?除染をしてもなかなか0.23μSvにはならないのが厳しい現実である。2013年5月17日のニュースウォッチ9でも「8割近くの地区で除染後も基準下回らず」との報道があった。除染をしてもモトに戻るどころか基準さえクリアできないのだ。

昨日8月2日の日経Web刊にこんな記事が出た。

東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う除染の進め方を協議していた環境省福島市などは1日、今後は空間放射線量ではなく、個人の被曝(ひばく)線量を重視するとする中間報告をまとめた。一般に被曝線量の実測値は空間線量より低く、除染の対象を絞って効率的に進められるようになるとしている。」

つまり、このままでは住民に約束した除染が不可能だとようやく分かったので、個人の被曝量を計算してこれまでの0.23μSv目標 は破棄してハードルを下げさせて欲しいという環境省の泣き言だった。なんとあざとい政策転換であろうか。これだから官僚の言うことは信用できないと言われるのだ。おそらく多くの住民に動揺が走ったに違いない。ましてや応急仮設住宅に避難している方々には裏切り行為と映ったことだろう。こんなところに帰れるか!と。